仕事終わり、その日の俺はひどく疲れていた。
都会の喧騒を縫うように走る満員電車。湿った梅雨の空気が乗客たちの生ぬるい体温と混ざり合い、車内は言葉にできない不快な熱気と他人への殺伐とした空気で満ちていた。
身動きが取れず必死につり革を握っている俺の右手は完全に感覚を失い痺れていた。
32歳、建築資材メーカーで地味にデスクワークをしている。
5年ぶりに採用となった新入社員の教育担当を任されていたが、新人は1か月で退職。
それからというもの上司から理不尽に叱責されることが増えた。
工場と本社との間で板挟みになりながら、膨大なデータとスケジュール管理で心底疲れ果てている。
人生の折り返し地点にも立っていないはずなのに、心はすでにボロ雑巾のようだった。
「……ったく、どいつもこいつも、頭がおかしいんじゃないのか」
声に出ない毒を心の中で激しく吐き散らす。
俺の目の前にある優先席には一人の若い男が座っていた。
派手な金髪に耳には真っ黒なワイヤレスイヤホン。
周囲の混雑など別世界の出来事であるかのように完全に無視して手元のスマホゲームに夢中になっていた。
派手なエフェクトがチカチカと目まぐるしく動き、男の指先は楽しげにタップを繰り返している。
その男のまさに目の前。
大きなお腹を愛しそうに抱えた一人の妊婦が、辛そうに手すりにしがみつきながら満員電車の揺れに耐えていた。
彼女の額にはうっすらと汗が浮かび、時折、苦しそうに「ふぅ~」、と小さく息を吐き出している。
男は絶対に気づいているはずだった。
電車が大きく揺れた拍子に、妊婦のバッグが男の膝に軽く触れたからだ。
一瞬、男はわずかに眉をひそめて視線を上げたが、すぐにまたスマホゲームの世界へ戻った。
その光景を見た瞬間、俺の中で何かがプチッと音を立てて弾けた。
それは純粋な正義感だったのかもしれない。
あるいは、日頃から社会に搾取され続けている、俺自身の行き場のない“憎悪”が化け、八つ当たりしたのかもしれない。
理由はどうであれ、日頃のストレスと理不尽な社会への怒りが「この常識のない無礼な若者」という明確な“標的”に向かって一気に臨戦態勢となった。
(お前みたいな奴が世の中を悪くしてるんだよ。誰かがお仕置きしてやらなきゃな!)
“正義”という大義名分を得た瞬間、脳内からドス黒い興奮が湧き上がってきた。
俺は周囲に怪しまれないよう自然な動作でスマホのロックを解除し、そっと無音カメラアプリを起動した。
かつて実家で飼っている、臆病な猫の寝顔を撮るために友人から教えてもらったものだ。
まさかこんな場所で役立つとは思わなかった。
右手を不自然にならない程度に下げ、スマホのレンズを真っ直ぐ男に向けた。
男はまだゲームに夢中だ。
妊婦の辛そうな横顔、男の無機質で冷淡な横顔、速度を落とさないゲーム画面。
これらすべてが「悪質なマナー違反の現場」として画面に収まるアングルを俺は冷静に見定めた。
(よし、ここだ。言い逃れのできない証拠を撮ってやる!)
画面をタッチする指がわずかに興奮で震えた。
シャッター音はしない。
ただ俺の心臓の鼓動だけがドクンと大きく鳴り響いた。
電車が駅に停車しドアが開いた。
むわっとしていた車内に新鮮な空気が流れ込むのと同時に、密集していた乗客が次々にドアの方へ押し出されていく。
座っている金髪の男をこれ見よがしに睨みつけ、フンと鼻で笑いながら俺も外に出た。
ホームのベンチに座り、SNSで使っていた「世直し用」の匿名アカウントを開く。
フォロワーは数百人。
主に、街中で見かけた「マナー違反」や日々の「理不尽な出来事」への“イライラ”を呟くためのアカウントだ。
俺は先ほど撮った写真を添付し、興奮して震えながら一気にテキストを打ち込んだ。
『【拡散希望】今日の満員電車。お腹が大きい妊婦を完全に無視して、優先席に堂々と座ってゲームに熱中する金髪男。辛そうな妊婦が目の前にいるのに、一回チラ見しただけで完全にスルー。これだから最近のバカ者は……。本当に日本の未来が心配になる。皆さんはどう思いますか? #マナー違反 #優先席 #妊婦 #炎上』
写真に男の顔がそれなりに鮮明に写っていることを確認し、投稿ボタンを押した。
親指ひとつ。
たったそれだけの動作で、俺の怒りはネットの広大な海へと放たれた。
「……ふぅ、ざまあみろ」
深く息を吐き出すと、胸の中のモヤモヤが少しだけ晴れた気がした。
俺は正しいことをした。
誰も注意できない今の世の中で、俺だけがリスクを背負って悪を告発し、あの男に厳しい現実を教えてやったんだ。
電車を乗り継ぎ、自宅がある最寄り駅に着く頃には、最初の投稿から30分が経過していた。
何気なくスマホを取り出し、アプリを開く。
(……え?)
一瞬、画面が完全にフリーズしたかと思った。
通知欄の数字が、これまで見たこともない「99+」と異常な表示。
リプライ数はすでに3,000を超えていた。
「すごい……!」
全身にゾクゾクと鳥肌が立った。
俺の投稿が世界中に届いている。
コメント欄を開くと、俺の予想通り金髪男への凄まじい罵詈雑言が並んでいた。
「人間のクズ」「特定しろ」「妊婦さんが可哀想すぎる」「こういう奴は二度と電車に乗るな」
俺は、生まれて初めて本当の意味で「承認」された気がした。
会社では誰からも認められない使い捨ての歯車でしかないこの俺が、ネットの海では「悪を裁く絶対的な正義の味方」として、数千人、数万人の賛同を得ている。
自宅のアパートに帰り、カバンを床に放り出す。
ビールを片手にPCの前へ座った。
大画面のモニターで、刻一刻と増えていく「リプライ」と「いいね」の数を確認する。
1万、2万……。
トレンド欄には『優先席の金髪男』という文字が堂々と躍り始めた。
俺は勝利の美酒に酔いしれていた。
金髪男は今頃自分の顔が拡散されていることに気づいて顔面蒼白になっているんだろうな。
そんなことを想像しながら、しばらく笑いが止まなかった。
(もっといけ。もっと徹底的にこのクズを叩け)
俺は正しい。
俺は社会の味方だ。
悪を駆逐するヒーローなんだ。
日付が変わる頃、リプライ数はついに10万を超えていた。
すでにネット上の大手まとめサイトやインフルエンサーたちも俺の投稿を引用し、金髪男への批判をさらに加速させている。
コメント欄には「金髪男の大学を特定した」「バイト先はここだ」という、熱狂した群衆による未確認の情報までが恐ろしいスピードで飛び交い始めていた。
俺は自分の放った一撃がこれほどまでに社会を大きく動かしている、という全能感に満たされ、最高に心地よい興奮の中で眠りについた。
それから、異変に気づいたのは翌朝の午前7時だった。
枕元のスマホが「ブブブッ、ブブブッ」と、まるで凶暴な羽虫が耳元で飛び回っているかのような短いバイブレーションを、途切れることなく繰り返し鳴らし続けていた。
「なんだよ、朝から……うるせえな」
目をこすりながらスマホの画面を開いた瞬間、俺の心臓がドクンと冷たくフリーズした。
アプリの通知欄が、目で追えないほどの猛烈なスピードで下にスクロールしている。
だが、昨日までの温かい賞賛の空気とは、明らかに何かが違っていた。
俺の投稿に対するリプライの一番上に、画像が貼り付けられた返信が完全に固定されていた。
そこには、血の気が引くような長い文章が書かれていた。
『この写真の金髪男の友人です。長文なので画像で失礼します。
結論から伝えますと、彼は「怪我人」です。
彼は昨日、ある歩道橋の階段を下りていた時に、後ろから突然小学生の男の子が転んで滑り落ちてきたところを慌ててキャッチし、その時バランスを崩して足を痛めてしまったのだそうです。幸い、男の子は無事だったので良かった、と本人は言っていましたが、その後の病院で医者から「右足のアキレス腱断裂」“全治3か月の重傷”と診断を受けたそうです。
電車を2本見送った後、何とか優先席に座り、痛みに耐えるため、気を紛らわせようと必死にスマホゲームをしていたそうです。激痛の中、周りを見る余裕もなく、妊婦さんがいたことは全く気付いていなかった、と言っていました。そもそも、足にはギプス、松葉杖もある中、満員電車で立ち上がることすら厳しい状態でした。
事情も知らずに憶測で彼を犯罪者扱いして勝手にネットに晒すのはやめてください。多くの人が利用している公共交通機関で無断に撮影し、それをSNSにアップする行為は肖像権侵害、プライバシー侵害であり、彼に対する侮辱罪にもあたるのではないでしょうか。
現在、弁護士と相談の上、法的措置を準備中です』
その文章の下には、昨日の日付と病院名が入った「診断書」、昨日の画像と同じ服を着た金髪の若い男性がズボンの裾をまくり上げてギプスを見せ、松葉杖をついた後ろ姿の画像がこれ以上ない証拠として添付されていた。
「あ……」
頭のてっぺんから氷水を浴びせられたような感覚。
血の気が一気に引き、指先がガタガタと震え出す。
慌てて自分が昨日アップした写真を拡大して見直した。
男の足元…。
満員電車で全く気づかなかったが、男の右足のズボンの裾が確かに不自然に膨らんでいる。
(嘘だろ……そんなの、あんなダボダボズボンじゃ気づくわけないだろ……)
必死に頭の中で言い訳を組み立てるが、ネットの海の住人たちはそんな弁明を待ってはくれない。
「正義の味方」だったはずの俺のアカウントは、あっという間に「嘘の情報を流して、怪我人を“悪質な犯罪者扱い”して、晒し者にした最悪の大悪党」へと完全に逆転した。
潮目が変わる。
そのスピードは、人間の処理能力を遥かに超えていた。
『最悪。子供を助けた善人に嫌がらせかよ。人間のクズだな。』
『妊婦をダシに使ってネットでイキりたかったんだろ。だせぇw』
『無断撮影で名誉毀損。これはもう逮捕でいいだろ。はい、通報、通報』
昨日まで俺と一緒に金髪男を叩いていた数万人の群衆が一斉に手のひらを返し、今度は俺に鋭い牙を剥いて突撃してきたのだ。
ここからのネット民の動きは、恐ろしいほど組織的で冷酷だった。
「犯罪者をお仕置する」という新たな大義名分を得たネットの特定班たちが、俺のアカウントを徹底的に調査し始めた。
『おい、こいつ、本アカをフォローしてるんじゃね!? 5年前の投稿に顔半分写ってるわ』
『特定班有能すぎ。この顔写真から別のSNSの登録情報がヒットしたぞ。本名は「Y輔」だな』
自分がSNSで過去に投稿した“人生のパーツ”が、見知らぬ他人の手によってパズルのように不気味に組み立てられていく。
『これまでの履歴からして、今の勤務先は〇〇(俺の会社名)で確定。「駅前の〇〇弁当とビール」ていう投稿が複数あり。てことは〇〇駅が最寄りか?w』
『4年前に「実家の飼い猫」って投稿してる写真、窓の外に映ってる景色の電柱の表示、拡大したら読めるわ。実家は〇〇県〇〇市だな。親の特定も時間の問題だなこれ』
「違う……俺は、そんなつもりじゃ……ただマナーが悪いと思って……」
自室のベッドの上で、俺は過呼吸の一歩手前になりながら、ただ液晶画面を見つめることしかできなかった。
過去の何気ない投稿、会社の忘年会の愚痴、リプライでやり取りした本名に近いニックネーム、それらすべてが網の目のように手繰り寄せられ、俺の現実の首を絞める強固な縄へと変わっていく。
『デジタルタトゥーおめでとうwww。人生終了だな、Y輔』
画面の向こうの無数の悪意が、俺の存在を嘲笑うかのように歪んだ笑顔でこちらをジッと見つめていた。
午前8時。
会社へ向かうため、いつものように電車に乗った。
しかし、ポケットの中にあるスマホは、もはや見るだけで吐き気がするほどの恐怖の鉄の塊と化していた。
バイブレーションをオフにしても、画面の上部から「サイテー」「〇ね」といった通知が絶え間なくポップアップし、画面を埋め尽くしていく。
「通知をオフにすればいい、アプリを消せばいい」
頭では分かっているのに、次にどんな自分の個人情報が流出するのか、という恐怖のあまり画面から目を離すことができない。
車内はいつも通りの満員電車だ。
しかし、俺の精神状態は完全に崩壊していた。
周囲の乗客たちがスマホを操作しているのを見るだけで「こいつら全員、今SNSで俺の顔写真を見ているんじゃないか」「俺がY輔だと気づいて、こっそりカメラを向けているんじゃないか」という被害妄想が膨れ上がり、背中を冷たい汗が滝のように流れ落ちる。
車内で声が出そうになり、慌てて両手で口を強く抑えた。
周囲の乗客全員が、冷酷な目をして俺を指差して笑っているような強烈な錯覚に陥る。
胸が圧迫され、酸素がうまく吸えない。
命からがら会社に到着し、所属部署のフロアに着いた瞬間、空気がざわついているのが分かった。
いつもは平穏なオフィスが俺が中に入った瞬間に静まり返り、哀れみと軽蔑が入り混じったような異様な空気が俺を包んだ。
そして奥の方から、今まで見たこともない鬼の形相をした部長が、ドスドスと地響きを立てて猛突進してきた。
「おい、Y輔!!! こっち来い!!!お前、一体全体何をやらかした!?」
部長の怒号がフロア中に響き渡る。
会社の受付にある代表電話が、朝から途切れることなく鳴り続けているというのだ。
「〇〇Y輔という男が、〇〇線の車内で盗撮して怪我人を侮辱しているぞ!」
「御社はどのようなネットリテラシーを教育しているですか?」
「小学生を助けた恩人を陥れようとした最低な人間を雇っている会社はこちらですか?」
「口コミが低評価すぎるから、とっとと営業停止しろよ!」
といった、凄まじい抗議と脅迫の電話だった。
会社の広報や総務の業務は俺のせいで完全にストップし、社内全体が混乱状態だった。
「申し訳ありません、あ、あの……本当に誤解でして……俺はただ、妊婦さんが……」
「言い訳なんか聞く耳持たん!!! お前のせいで会社の社会的信用がどれだけ傷ついたか分かっているのか!? 取引先からも連絡が来てるんだ!!とにかく今すぐそのアカウントを消せ! 総務と弁護士と交えて今後の対応を厳重に協議するから、お前は今すぐ荷物をまとめて自宅待機だ! まったく、何やってるんだ!!」
入社以来10年間、毎日残業に耐え、理不尽な上司の小言をスルーしながら必死に積み上げてきた俺のささやかな社会的信用と安定な人生が……。
わずか数時間、親指を数センチ動かしただけで、木っ端微塵に消し飛んだ。
逃げるように会社を飛び出し、深い失意のまま足早に自宅のアパートに帰ってきた。
玄関の鍵を二重に閉め、窓のカーテンを1mmの隙間もなく閉め切り、部屋の明かりをすべて消して真っ暗にした。
静寂の暗闇の中で、俺はベッドに倒れ込み、スマホを開いた。
激しく震える手でアプリの設定画面を開き、問題の「世直しアカウント」を完全に【削除】するボタンをタップした。
「これでいい。これでアカウントは消えた。すべて消えて無くなるんだ。」
そう自分に何度も、言い聞かせるように呟いた。
声が情けなく震えていた。
だが、それはネットの恐ろしさを何も知らない、あまりにも無知で甘すぎる致命的な幻想だった。
数時間後、恐る恐るパソコンを開き、自分の本名「〇〇Y輔」と、勤務していた「会社名」を入力して検索してみる。
画面に表示された結果を見て、俺は文字通り絶望のどん底に突き落とされた。
そこには、アカウントを完全に消し去ったはずの、俺が過去にネット上に載せていた鮮明な顔写真、電車の無断撮影写真、実家の風景写真…。
そして「【炎上】小学生の命の恩人“怪我人男性”を晒して大炎上「マナー講師気取リーマン」Y輔の顔面と経歴が特定され人生終了へ」という下劣なタイトルのまとめサイトやトレンドブログ、暴露系動画が、何十件、何百件とヒットしたのだ。
ネット上のキャッシュデータやスクリーンショットは、すでに何千人もの手によって保存され、まとめ掲示板やSNS、海外のサーバーにまで永久的に拡散されていた。
俺がアカウントを消そうが、これから先どんなに反省しようが、あるいはこの世から俺の肉体が消えて無くなろうが、この「Y輔=“怪我人男性”を晒した極悪非道な「マナー講師気取リーマン」」というデータは、ネットの広大な海の底を消えない刺青(デジタルタトゥー)として永遠に漂い続けるのだ。
「あ、ああ……うそだ、嘘だろ……」
頭を抱え、床にうずくまる。
スマホの画面から漏れる、ブルーライトの冷たくて青白い光だけが、暗闇に包まれた部屋の天井をまるで墓標のように不気味に照らし出している。
数日後、会社からは当然のように「懲戒解雇」に近い形での自主退職を迫られ、俺は事実上社会から追放された。
実家にも嫌がらせの手紙や無言電話が届き、母親は精神を病んで寝込んでしまったという。
心機一転、別の場所でやり直そう、といくつかの会社に履歴書を送り、面接に行った。
しかしどの会社の面接官も、終盤になると一様に冷ややかな目になり、パソコンの画面を見ながらこう言った。
「あー、〇〇Y輔さん。一応お聞きしますが、ネットのニュースに出ていた“マナー講師気取リーマン”、同姓同名ですが、ご本人ですか?」
ここ最近は会社側も危機管理能力が上がっているようだ…。
嘘の返事をしたところで顔バレしてるから受かる訳がない…。
俺のこれからの未来はすべて、永遠にシャットアウトされた。
暗くしたままの部屋に引きこもり、静かにカップ麺をすするだけの生活。
静まり返った部屋に突然、「ピンポーン」とインターホンが大音量で鳴り響いた。
ビクッと身体が硬直する。
心臓が破裂しそうなほど激しく脈打つ。
ドアの覗き穴から外を見る勇気は、今の俺には無い。
住所を特定したネットの住人が面白半分で突撃してきたのか、それとも記者がカメラがを向けて待ち構えているのか、あるいはテレビの報道関係者なのか…。
数日前、あの蒸し暑い満員電車の中で、胸の中の小さなイライラを晴らすため、親指をほんの数センチ、画面の上で動かしただけだった。
ただそれだけの、日常のありふれた動作ひとつで、俺がこれまで生きてきた32年間の人生のすべてと、これから送るはずだった何十年もの未来のすべてが、二度と修復できない凄惨な形に粉砕された。
居留守を使う俺をあざ笑うかのように、インターホンの音は冷酷に、どこまでも執拗に、何度も何度も暗闇の部屋に鳴り響き続けていた。

