【老後破産の罠】高級キャンピングカーに溺れた「道の駅の王様」の孤独な終着駅、65歳元営業部長の末路

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S藤K一郎(65歳)は、誰もが知る大手のメーカー企業で営業部長まで上り詰めた、いわゆる「勝ち組」の企業戦士だった。

「チームワークが大事だ!」と、後輩たちを飲みに連れて行っては、毎回羽振り良く奢っていた。
そんな「豪快で頼れるボス」と言われていたK一郎も、ついに定年の日を迎えた。

妻と娘2人の4人家族。
2人の娘は名門の中高大一貫校に通わせ、在学中に海外留学させるなど、大切に育てあげた。
これがきっかけで娘たちはアメリカとドイツでそれぞれ結婚し、なかなか会えないが可愛い孫もいる。

そんな順風満帆な生活を送りながら、コツコツと蓄えた銀行預金が2,000万円。
後日、会社から支給された退職金は3,500万円。

合わせて5,500万円、公的年金+企業年金あり、老後2000万円問題を余裕でクリアする潤沢な資産を持って、彼の第二の人生はスタートした。

しかし、退職してわずか3ヶ月。
猛烈な「孤独」と「退屈」に襲われていた。
毎日特にやることがないのだ。

現役時代にあれだけ鳴り響いていたスマホはパタリと鳴らなくなった。
朝起きてスーツを着る必要もなく、スケジュール帳は真っ白のまま。
家にいても自身のコミュニティで忙しく過ごしている妻のM子からは「粗大ゴミ」のように扱われ、居場所がない。

「俺の人生は、このまま終わっていくのか……?」

かつて営業部長として圧倒的な行動力で組織を動かしていたK一郎のプライドは、この静かな退屈に耐えられなかった。
社会から切り離され、自分の価値が消えていくような恐怖を覚える毎日。

そんな時、K一郎は動画サイトであるコンテンツと出会う。
会社を退職後の第2の人生として、同世代やシニア層の人が「高級キャンピングカー」で日本全国を旅する、自由で優雅なドキュメンタリーだった。

画面の中のシニアたちは、誰もが生き生きとした表情で大自然の中に身を置き、地元の美味いものを食べ、夜は焚き火を囲んで仲間たちと語り合っていた。

「これだ。これこそが俺が求めていた第2の人生だ!本当の自由だ!」

胸の奥で、現役時代の熱い情熱が再び燃え上がるのを確かに感じていた。
会社のため、家族のために滅私奉公してきた人生の報いを、今こそ受け取る時が来たと確信した。




K一郎はすぐさま行動に移した。
かつての優秀な営業マンらしく、颯爽とキャンピングカーの展示場へと足を運ぶ。

最初は「軽自動車で、実用的なものでいいか」と考えていた。
しかし、展示場に並ぶ豪華な車両を目の当たりにするうちに、彼の金銭感覚はゆっくりと麻痺していく。

「今後もしかしたら後輩たちと一緒に…なんてことになったら、軽自動車だとちょっと恥ずかしいか…。大型の方が人も乗れるし見栄えも良い。周りのシニアにも負けたくないしな。」

現役時代のプライドが頭をもたげる。



そんな中、K一郎が目を付けたのは、外国製の大型キャブコンと呼ばれるタイプだった。
広々としたクイーンサイズのベッド、大画面テレビ、シャワールームに最新のシステムキッチン。
まさに「動く高級ホテルのスイートルーム」そのものだった。

オプションや諸経費を合わせ、提示された価格は2,000万円。
妻のM子は「ちょっと!正気なの!?そんな高い車買ってどうするの!」と猛反対したが、K一郎は聞く耳を持たなかった。

「うるさい! これは俺が40年間、命を削って稼いだ退職金を使って買うんだ! 俺の金で何を買おうが俺の自由だろ!まだ貯金はあるんだから!」

妻に反対されたら、かえって意地になってしまうものだ。
退職金から2,000万円を一括で支払い、念願の「動く城」を手に入れた。

この時、K一郎の脳内は、新しい趣味への興奮と万能感で完全に満たされていた。
まさかこれが、引き返せない泥沼への入り口だとは夢にも思わずに……。



キャンピングカーが納車されると、K一郎は妻のM子を自宅に残し「日本一周の旅」へと出発した。
自由気ままに車を走らせ、全国の「道の駅」やRVパークを渡り歩く生活。
それは確かに、最初のうちは最高にエキサイティングなものだった。

キャンピングカーのコミュニティに顔を出すようになると、K一郎は瞬く間に有名人になった。
かつて優秀な営業マンだっただけあり、人と話すことは得意だ。

そして、なんと言っても2,000万円の最新鋭・最高級車である。
道の駅に停めるだけで、他の車中泊愛好家たちが「すごい車ですね! 中を見せてもらっていいですか?」と集まってくる。

「いやあ、大したことないですよ。退職金でちょっと贅沢しちゃいましてね。」

そう言いながら、K一郎は集まった人々を車内に招き入れ、高級な地酒やその土地で買い占めたブランド牛を振る舞った。

会社員という肩書きを失い、社会から必要とされていないのではないか、という恐怖に怯えていたK一郎にとって、趣味の仲間から「K一郎さん、すごい!」「さすが営業部長、器が違う!」とチヤホヤされる空間は、何事にも代えがたい快感だった。

現役時代のあの「満たされた承認欲求」が、再び手に入ったのだ。




K一郎は、この「王様の座」を維持するために、散財をエスカレートさせていく。

全国の道の駅を巡っては、その土地の一番高い特産品や工芸品を買い漁り、SNSにアップする。
夜は仲間を集めて、自分の奢りで宴会を開く。

少しでも財布を渋れば、この“心地よい居場所”が消えてしまうのではないかと恐れた。
しかし、車の維持費は彼の想定を遥かに超えていた。

大型のキャンピングカーは極めて燃費が悪く、ガソリン代だけで月に10万円以上。
さらに、巨体を移動させるための高速道路代、毎晩のRVパーク利用料、度重なる快適化のためのカスタマイズ費用。

さらに、気前よく仲間に奢る飲食代が加算される。
K一郎の毎月の支出は、現役時代の高収入だった頃の水準をいつの間にか超え始めていた。




旅を始めて4年が経った頃、K一郎の銀行口座の残高は、目に見えて減少していた。
あれだけあったはずの老後資金が、1,000万円を割り込もうとしている。

K一郎の収入は、隔月で振り込まれる公的年金25万円と企業年金20万円=約45万円。
妻M子との約束で、その中から20万円を生活費として送金していた。
つまり、自分用として手元に残る年金額は隔月おおよそ25万円だ。

キャンピングカーの維持費と、旅先での見栄、宴会費によって、毎月の支出は70万円を軽く超えていた。つまり、毎月50万円以上の赤字を、残った貯金から取り崩し続けている状態だった。

さすがに焦りを感じたK一郎だったが、一度覚えた「コミュニティ内でのプライド」を簡単に手放すことができなかった。
いまさら「金がないから普通の車に買い替える」などと言えば、仲間内での自分の立場が失墜する。

「大丈夫だ、まだ貯金はある。この旅の記録をブログや動画にすれば、そのうち広告収入が入ってくるはずだ。とりあえず、妻M子には悪いが送金額を減らさせてもらおう。」

かつて優秀だった営業マンの「なんとかなる」という根拠のない楽観論。
しかし、老後のリアルなマネープランにおいて、その感覚はただの毒薬に過ぎなかった。




それからしばらくして、「どこにいますか?書留を送るので近くの郵便局へ取りに行ってください。」と妻のM子から連絡が入った。

(生活費を減らしたから催促の手紙か!?)と思いつつ、滞在していた自然豊かな湖の近くにある郵便局へ行き書留を受け取った。

中には、K一郎の署名捺印を求める「離婚届」が入っていた。

『あなたが自由に過ごすなら、私の今後の人生も自由に過ごさせていただきます。あなたの見栄の趣味に、これ以上私を付き合わせないでください。共通財産である預金を勝手に使い込まれましたので、この家の権利は私がいただきます。今後の連絡は弁護士を通してください。』

K一郎が趣味に狂い、家にも帰らず、生活費も入れず、旅先から自慢の写真を送り続けた結果、妻の堪忍袋の緒は完全に切れていた。


しかし、ここでもK一郎の歪んだプライドが邪魔をする。

「ふん、勝手にしろ。M子には“男のロマン”が分からないだろうな。俺にはこの最高級の相棒と、全国に散らばる仲間たちがいるんだ。」

K一郎は運転中に見つけたコンビニで離婚届をコピーし、サインをして送り返した。
もうK一郎にはこの2,000万円のキャンピングカーしか“己を証明するもの”が残されていなかった。
家計の崩壊スピードが、さらに加速していく。




離婚から2年、定年退職から6年が経ったこの日、K一郎は71歳を迎えた。

初雪が舞う北陸地方の道の駅の駐車場で、彼は凍える手でスマートフォンの画面を凝視していた。
銀行アプリに表示された普通預金の残高は、わずか「3万4,210円」。

ついに、すべての貯金が底をついたのだ。

クレジットカードの利用枠も上限に達しており、目の前にあるガソリンスタンドで給油することすらできない。
財布の中には、数枚の小銭があるだけだった。

追い打ちをかけるように、K一郎の身体は限界を迎えていた。

長年の車中泊生活、タバコを吸い、酒を飲む、不摂生で偏った食生活。

無理な運転が祟り、アクセルペダルを踏むと足首に激痛が走る。

重度の座骨神経痛と糖尿病を患っていた。

車内はゴミと湿気、転がった空き缶、そして彼の体臭で荒れ果てていた。

お金が無くなったK一郎は、もう仲間に高級な酒や肉を奢ることができない。
SNSの更新も止まり、キャンプ場での宴会も開けなくなった。
すると、恐ろしいほどの速度で周囲の人間たちが去っていった。

「K一郎さん、最近景気悪そうだね。」
「あの人、ただの見栄っ張りだよ。貯金全部食いつぶして、まさに“火の車”状態だってよ。」

かつて「部長」「王様」と持ち上げていた車中泊仲間たちはK一郎を避けるようになり、別の裕福なシニア仲間のキャンピングカーの方へ移っていった。
彼らが慕っていたのはK一郎という人間ではなく、彼が退職金でバラまく「金」と「贅沢な空間」でしかなかったのだ。



誰もいない極寒の車内で、K一郎は激しい後悔と孤独に震えた。
凍死の恐怖に駆られた彼は、泣く泣く、キャンピングカーを売却するため大手の買取業者を呼び出した。

「2,000万円で買ったんだ。せめて、1,000万……いや、700万円にでもなれば、何とか立て直せる。」

しかし、現実は甘くなかった。
若い査定士は車内外を冷ややかな目でチェックし、タブレットを叩いた。

「お客さん、これ外国製ですから国内でのメンテナンスパーツが少なくて敬遠されるんですよ。それに6年で走行距離40万㎞は走りすぎですね。何より、車内の生活臭とタバコのヤニ、それから各所の痛みが酷い。うちで引き取れる限界は『120万円』ですね」

2,000万円を投じたK一郎の「動く城」は、わずか6年で価値の9割以上を失い、ただの粗大ゴミ同然の評価を下された。

だが、断る選択肢などない。
K一郎は震える手で売却承諾書にサインした。




現在、K一郎は都内の郊外にある、家賃4万円の古い木造アパートで暮らしている。

キャンピングカーを売却して得た120万円は、滞納していた自動車税、住民税の支払い、そして元妻への離婚解決金の未払い分などで一瞬にして消え去った。
手元に残ったのは、雀の涙ほどの現金だけだ。

離婚はしているものの、隔月で振り込まれる公的年金25万円と企業年金20万円=約45万円のうち、元妻に年金分割義務で約20万円の金額を支払っている。

つまり、旅をしていたあの頃と同じ、月々約12万円で暮らしている、ということだ。

現役時代の輝かしい年収1,500万円、“40年間務めた”という誇りの退職金3,500万円という大金も…
そして、長年連れ添ってくれた妻M子、「呆れた。」と連絡を絶たれてしまった大切な2人の娘も…
まるで悪い夢だったかのように遠くへ消えてしまった。

家賃を払い、光熱費や通信費、税金などを払い、糖尿病や高血圧の薬代を支払うと、毎月の食費は2万円も残らない。

かつて営業部長として部下たちに飲み代を豪快に奢っていた男は、いまや夜のスーパーで「半額シール」が貼られた惣菜を、他の高齢者と奪い合うようにして買い物カゴに入れている。
カゴの中にあるのは、1個100円のコロッケと、値引きされた見切り品の食パンだ。

アパートの狭い窓から外を眺めると、時折、楽しそうに走り去っていく家族連れのミニバンや、高級な乗用車が見える。
それを見るたびに、K一郎の胸には締め付けられるような後悔がこみ上げてくる。

「どうして、あんな見栄のために全てを捨ててしまったんだろう…。」

もし、あの時、展示場でプライドを捨てていれば。
少しでも、あの時、妻の言葉に耳を傾けていれば。

今頃は自分の家で、妻が作った温かい料理を食べ、娘や孫たちとビデオ通話をしながら穏やかな老後を過ごせていたはずだった。

定年後の解放感と、現役時代のプライドが引き起こした「趣味への依存」。
それは、どんなに強固に見える資産であっても、一瞬で溶かす底なしの罠だった。


K一郎が手に入れた「自由」の終着駅は、四畳半の部屋で孤独に耐え、ただ日々が過ぎるのを待つだけの、あまりにも冷たい現実だった。




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